
アシュタンガ八支則は、古代インドの聖典『ヨーガ・スートラ』に記述された、8段階の修行体系です。「アシュタンガ」はサンスクリット語で「8つの部分」を意味し、これらの段階を通じて最終的に悟りの境地であるサマーディ(三昧)に到達することを目指します。
八支則は単なる身体的な練習法ではなく、人生を楽しく歩むために体系化された、日常生活で実践できる生き方のガイドラインとして位置づけられています。これらの段階は必ずしも順序立てて進む必要はなく、生活の異なる側面で同時に実践することも可能です。
各支則の名称と基本的な意味は以下の通りです。
八支則の最初の2つ、ヤマとニヤマは日常生活での行動規範を示しており、内的浄化と外的浄化の基盤となります。
ヤマ(禁戒)の5つの実践:
ニヤマ(勧戒)の5つの実践:
これらの実践は、現代の自己啓発の概念に近く、日々の生活で重要だが忘れがちなことを思い出させてくれる指針となります。
第3番目のアーサナと第4番目のプラーナヤマは、瞑想のための身体的準備として位置づけられています。
アーサナ(坐法)の真の目的:
アーサナは単なるエクササイズや健康のための運動ではなく、瞑想のための体の準備が本来の目的です。『ヨーガ・スートラ』では「Sthira Sukham asanam(ヨガのポーズは、安定していて、快適なものでなくてはならない)」と述べられています。
瞑想の中で長時間座っていることは柔軟な体を必要とし、体の不調や違和感から解放されることで心もコントロールできるようになります。アーサナの語源は「座る」という動詞「アース」から転化したもので、本来は座る姿勢を重視していたことがわかります。
プラーナヤマ(調息)の効果:
プラーナヤマは、プラーナ(生命力・宇宙のエネルギー)を呼吸法によってコントロール(アーヤーマ)する行法です。アイアンガー氏は「ヨギーの人生は、日数ではなく呼吸の数で計られる」と述べています。
呼吸法による具体的な効果。
八支則の後半4つの段階は、身体生理的な部門から心理的な部門への移行を示し、深い瞑想状態へと導きます。
プラティヤハーラ(制感):
「向けて集める」という意味があり、感覚器官をそれぞれの対象から引き離すことを指します。外の世界に向かう心や感覚を対象から離し、意識の働きを内部に向けて冷静に自己を見つめる心理作業の準備となります。
ダーラナ(凝念):
心が1つのポイントか1つの像に集中すること、動かさないことを意味します。キャンドルの炎や花、マントラのような対象に心を留めることによって、余計な考えを押し出して徐々に心を静めていきます。
ディヤーナ(静慮):
対象となるもの無く途切れずに瞑想することです。凝念で一点に集中していた心が、その対象と同化し始め、日常の意識を超えてある種の「洞察」や「ひらめき」が起こり、広く深く、自由に展開されていく状態です。
サマーディ(三昧):
ヨーガにおける8つの法則の最終目的である究極の至福の状態です。これは純粋な熟考、自分と宇宙は一つという超意識のことで、サマーディを成し遂げた者が悟りに達するとされています。
現代のアシュタンガヨガは、この八支則の哲学的基盤の上に構築されており、呼吸と動きを連動させることで感覚を制御し、集中力を高めて深い瞑想につなげる実践法として発展しています。
統合的な実践方法。
現代の実践者にとって重要なのは、アーサナ(ポーズ)の練習だけでなく、八支則全体を日常生活に統合することです。多くの人がポーズの練習から始めますが、実際には他の7本の枝と密接に繋がっているという理解が必要です。
継続的な学習の重要性。
八支則の理解を深めるためには、まず各項目を正確に覚えることから始まります。「覚える。そうでなければ深められるものではありません」という指摘は、表面的な理解を超えて、各支則の深い意味を探求することの重要性を示しています。
バランスの取れたアプローチ。
現代のストレス社会において、八支則は単なる古代の教えではなく、現代人が心身の調和を保ち、より充実した人生を送るための実践的なガイドラインとして機能します。身体的な健康、精神的な安定、そして霊的な成長を統合的に促進する包括的なシステムとして捉えることができます。
八支則の実践は、個人の精神的成長だけでなく、社会全体の調和にも貢献する可能性を秘めており、現代社会においてもその価値は失われることなく、むしろ重要性を増していると言えるでしょう。