
ヨガの八支則(アシュタンガ)において、ヤマ(Yama)は最も重要な土台となる第一段階です。サンスクリット語で「禁戒」を意味し、日常生活において「してはいけない5つのこと」を示しています。パタンジャリが記したヨガスートラでは、瞑想や身体的な練習を始める前に、まずこのヤマを理解し実践することが重要だと説かれています。
現代においてヤマは、単なる禁止事項ではなく、人生をより豊かにするための指針として捉えられています。これらの教えは2500年以上前から伝わる智慧でありながら、現代社会においても非常に実用的な内容となっています。
ヤマの実践により、私たちは他者との良好な関係を築き、内なる平安を得ることができます。これは物理的な暴力だけでなく、言葉や思考における暴力からも解放されることを意味し、マナ(思考)、ヴァチャナ(言葉)、カルマ(行動)の三つの側面での成長を促します。
ヤマには5つの具体的な教えがあり、それぞれが深い意味を持っています。
1. アヒンサー(非暴力)
身体的な暴力だけでなく、言葉による攻撃や心の中での怒りも含む包括的な非暴力の概念です。現代では、SNSでの誹謗中傷を避けたり、自分自身に対する厳しすぎる批判も控えることが含まれます。
2. サティヤ(正直・誠実)
他人だけでなく、自分自身に対しても嘘をつかないことです。あるものをある、ないものはないと正しく見る能力を育むことで、自分の感情や状況を客観視できるようになります。
3. アスティヤ(不盗)
物理的な盗みだけでなく、他人の時間や権利を奪わないことを意味します。現代では、約束の時間を守ることや、他人のアイデアを無断で使用しないことも含まれます。
4. ブラフマチャリヤ(禁欲・節制)
過度な欲望に溺れず、エネルギーを必要な場所に集中させることです。食欲、物欲、性欲などの管理により、真に重要なことに意識を向けられるようになります。
5. アパリグラハ(不貪)
物事への執着を手放し、必要以上を求めないことです。現代の消費社会において、真に必要なものを見極める力を養うことができます。
ヤマの実践は、段階的に取り組むことが重要です。まず一つの教えを選び、日常生活の中で意識的に実践してみましょう。
実践の具体例:
これらの実践により、心の平安が得られ、周囲の人々との関係も改善されます。また、物事への執着が減ることで、ストレスや不安も軽減されることが多くの実践者から報告されています。
ヤマの実践は「対治法」という考え方も重要です。否定的な思考や感情が生じたときに、その反対の考えを意識的に持つことで、心のバランスを保つ方法です。
現代の研究では、ヤマの実践が心身の健康に与える効果が科学的に証明されています。非暴力的な思考は血圧を下げ、ストレスホルモンの分泌を抑制することが知られています。
正直さの実践は、認知的負荷を軽減し、記憶力の向上にもつながります。嘘をつくためには多くの脳のリソースが必要ですが、誠実でいることでその負担が軽減されるためです。
物質的な執着を手放すことは、脳の報酬系の健全な働きを促進し、依存症的な行動パターンからの解放にも効果があることが報告されています。これは現代のデジタル依存や消費依存の問題にも応用できる重要な知見です。
また、ヨガの実践全体において、八支則の土台となるヤマの理解は、身体的なポーズ(アーサナ)や呼吸法(プラーナーヤーマ)の効果を最大化することが分かっています。心の準備ができていることで、より深い瞑想状態にも到達しやすくなります。
現代社会特有の問題に対して、ヤマの教えがどのように応用できるかを具体的に見てみましょう。
職場でのストレス管理:
同僚との対立が生じたとき、アヒンサーの実践により、相手を攻撃する言葉を避け、建設的な対話を心がけることができます。また、サティヤの実践により、自分の感情や限界を正直に認識し、適切な境界線を設定できます。
人間関係の改善:
アパリグラハの実践により、他人に対する期待を手放し、相手をありのままに受け入れることができるようになります。これにより、より深い信頼関係の構築が可能になります。
消費行動の見直し:
現代の過剰な消費文化において、アスティヤとアパリグラハの実践は特に重要です。本当に必要なもの以外は購入を控え、既に持っているものに感謝することで、経済的な安定と心の満足を同時に得ることができます。
デジタルデトックス:
ブラフマチャリヤの現代的な解釈として、スマートフォンやSNSの過度な使用を控えることも含まれます。情報の過剰摂取を避け、真に価値のある活動に時間とエネルギーを集中させることができます。
これらの実践を通じて、古代の智慧が現代生活にどれほど適用可能で効果的であるかを実感できるでしょう。ヤマの教えは、単なる理論ではなく、日々の生活を豊かにする実践的な指針なのです。