
ヨガ哲学において、グナ(Guna)は「質」や「性質」を意味するサンスクリット語で、この世界の全てを構成する根本的な要素とされています。ヨガの哲学的基盤となったサーンキャ哲学では、プラクリティ(根本原質)から生み出される3つのグナが、私たちの周りに存在するあらゆる物質や現象、そして人間の性格や行動を決定づけると説かれています。
これら3つのグナは、サットヴァ(純質)、ラジャス(激質)、**タマス(鈍質)**と呼ばれ、それぞれが異なる特性を持ちながら、常に相互作用し合いながら世界を形作っています。興味深いことに、現代の研究でもヨガの実践がグナに与える影響が科学的に検証されており、ヨガ練習者はより良いグナバランスを示すという報告があります。
サットヴァ(純質)の特徴
サットヴァは最も純粋で軽やかな性質を持ち、「存在」「実在」「善性」「純粋性」といった意味を持ちます。この性質が優勢になると、心は平静で調和が取れ、知識と幸福感に満ちた状態となります。具体的には、慈悲深さ、理解力の向上、長続きする幸福感、集中力の高まりなどが現れます。
ラジャス(激質)の特徴
ラジャスは「激しさ」「動き」「変化」を司る性質で、他のグナを活発にする働きを持ちます。この質が優勢になると、野心的で行動力があるものの、感情の起伏が激しく、執着や渇愛が強まります。短期的で極端な楽しみを求め、落ち着きがなく、貪欲で感情的になりやすいという特徴があります。
タマス(鈍質)の特徴
タマスは「暗さ」「重さ」「停滞」を表す性質で、無知や怠惰、睡眠の質と密接な関係があります。この性質が優勢になると、やる気の欠如、過度の睡眠、学習意欲の低下、思い込みや妄想に陥りやすくなります。部屋が散らかったり、食器を洗わずに放置するなど、日常生活でも怠慢さが現れやすくなります。
食べ物にもそれぞれグナの性質があり、摂取する食品によって私たちのグナバランスが影響を受けます。これは日常生活で最も実践しやすいグナの調整方法の一つです。
サットヴァ性の高い食べ物
これらの食品は心身を軽やかにし、精神的な明晰さを促進します。
ラジャス性の高い食べ物
これらは一時的にエネルギーを高めますが、感情の起伏を激しくする可能性があります。
タマス性の高い食べ物
これらの食品は心身を重くし、怠惰さや無気力を促進する傾向があります。
現代の精神医学研究でも、グナと心理状態の関係が注目されています。実際に、うつ病、統合失調症、強迫性障害などの精神疾患患者と健康な人のグナバランスを比較した研究では、明確な違いが認められました。
サットヴァ優勢時の心理状態
穏やかで安定した感情、長く続く幸福感、寛大な心、温かい愛情、高い集中力が特徴です。この状態では、他者への思いやりが自然に湧き、建設的な思考ができるようになります。
ラジャス優勢時の心理状態
感情的で切迫感があり、短期的で極端な楽しみを求めがちです。貪欲で集中力に欠け、落ち着きがない状態が続きます。自分自身に満足していないため、他人の幸せを素直に喜べないという特徴もあります。
タマス優勢時の心理状態
怠惰でやる気がなく、過度の眠気に襲われます。思い込みや妄想に陥りやすく、答えの出ない悩みに囚われがちです。この状態では、物事を客観的に見ることが困難になります。
意外なことに、住環境もグナに大きな影響を与えます。自然の中にいると心が洗われる感覚になるのも、場所のサットヴァ性の影響を受けているからです。
環境を整える方法
これらの環境整備により、住空間のサットヴァ性を高めることができます。
言葉の使い方による影響
言葉もエネルギーを持つため、使う言葉の質がグナバランスに影響します。汚い言葉や否定的な表現はタマス性を高め、感謝の言葉や優しい表現はサットヴァ性を高めます。
時間の使い方とグナの関係
規則正しい生活リズムはサットヴァ性を高めます。早寝早起き、適度な運動、瞑想やヨガの実践は、特にサットヴァ性の向上に効果的です。
現代社会では、忙しさからラジャス性が過度に高まりやすく、それが疲労からタマス性へと転じる悪循環が生まれがちです。意識的にサットヴァ性の高い活動や環境を取り入れることで、このバランスを改善することができます。
グナの理解は単なる哲学的知識ではなく、現代人の心身の健康維持に実用的な価値を持つ、古代インドの叡智なのです。