
ヴェーダ(Veda)という言葉は「ヴィド(知る)」という語根に由来し、「知識」や「情報と知識の宝庫」を意味します。この聖典は、古代インドのバラモン教とヒンドゥー教の根本経典として位置づけられています。
ヴェーダの特筆すべき点は、その神聖性です。伝統的な理解では、ヴェーダは人間が作り出した文献ではなく、神自身からの啓示とされています。神は直接人間にヴェーダを伝えるのではなく、リシ(神とコンタクトが取れる特殊能力を持つ人たち)と呼ばれる媒体を通して、この知識を人間に明かしました。
口承伝統の重要性も見逃せません。ヴェーダは長い間「言葉の形」だけで受け継がれ、文字で書かれることなく存在していました。この理由から、ヴェーダは「シュルティ(聞くことによって受け取られたもの)」とも呼ばれています。
ヴェーダは主に4つの聖典から構成されており、それぞれに独特の特徴があります。
1. リグ・ヴェーダ(Rig Veda)
最古の聖典とされ、韻文体(韻を踏んでいる形式)で構成された「リグ・マントラ」から成ります。紀元前1200~1000年頃に編纂され、神々への讃歌が中心的な内容です。「リグ」は「讃歌」を意味し、約10,589の詩節が含まれています。
2. ヤジュル・ヴェーダ(Yajur Veda)
散文体(自由な形式)で構成された「ヤジュル・マントラ」から成り、祭式の詠唱文が集められています。約1,975の詩節を含みます。
3. サーマ・ヴェーダ(Sama Veda)
音楽の形式で構成された「サーマ・マントラ」から成り、インドの伝統音楽の源流とされています。リグ・ヴェーダから抜粋された歌詞集の性質を持ち、約1,875の詩節が含まれています。
4. アタルヴァ・ヴェーダ(Atharva Veda)
アタルヴァ・リシとアンギラス・リシによるマントラが多く記されており、現世利益に関する呪法、男女の性愛に関する呪法、悪霊退治の呪法、治病・長寿のための呪法など、実生活に密着した内容を含みます。約5,977の詩節があります。
広義でのヴェーダは、以下の4つの分野に階層分類されます:
サンヒター(本集)
中心的な部分で、マントラ(讃歌、歌詞、祭詞、呪詞)により構成されます。これが一般的に「ヴェーダ」と呼ばれる部分です。
ブラーフマナ(祭儀書・梵書)
紀元前800年頃を中心に成立し、散文形式で書かれています。祭式の手順や神学的意味を詳細に説明する役割を担います。
アーラニヤカ(森林書)
人里離れた森林で語られる秘技について記されており、祭式の説明と哲学的な説明が含まれます。内容としてブラーフマナとウパニシャッドの中間的な位置にあります。
ウパニシャッド(奥義書)
哲学的な部分で、インド哲学の源流でもあります。紀元前500年頃を中心に成立し、「ヴェーダーンタ(ヴェーダの最後)」とも呼ばれます。
ヴェーダに登場する神々は、デーヴァとアスラの2種類に分けることができます。デーヴァは人々に現世利益を与えてくれるような神々で、代表的な神は雷神インドラ、火神アグニ、風神ヴァーユなどです。
ヴェーダの世界観は自然崇拝を基盤としており、古代インドの人々が自然現象を神格化し、それらに対する畏敬の念を表現したものです。この世界観は、後のヒンドゥー教の基礎となり、現代まで続く宗教的伝統の源流となっています。
興味深いことに、ヴェーダには宇宙の法則や人間の役割、義務(ダルマ)に関する深い教えが含まれており、単なる宗教文献を超えた人生の指南書としての性格も持っています。
ヨガを学ぶ私たちにとって、ヴェーダは避けて通れない重要な知識体系です。現代のヨガ実践で用いられるマントラの多くは、ヴェーダを起源としています。特に「オーム(AUM)」をはじめとする神聖音は、ヴェーダの叡智から生まれています。
ヴェーダの教えは、マントラを繰り返し唱えることや瞑想することに人を助ける力があるとしています。これは現代のマントラ瞑想やジャパ瞑想の理論的基盤となっています。
また、ヴェーダに含まれるウパニシャッドは、後にヴェーダーンタ哲学として発展し、ヨガ哲学の重要な柱の一つとなりました。アートマン(個我)とブラフマン(宇宙我)の一体性を説くウパニシャッドの教えは、ヨガの最終目標である「解脱」の概念と密接に関連しています。
さらに意外な事実として、ヴェーダには治療や健康予防に関する呪文も数多く含まれており、これらはアーユルヴェーダ(生命の科学)の基礎となり、現代のヨガセラピーやホリスティック・ヒーリングの源流となっています。
ヴェーダの学習方法も現代のヨガ実践に示唆を与えます。生徒がヴェーダを学ぶ時には、ノートは取らずに、聞き取りだけで学ぶことになっています。これは、知識を頭で理解するだけでなく、身体全体で受け取り、実践を通して体得するというヨガの学習方法と共通しています。
現在でも、世界最古の聖典として認められるヴェーダは、国や宗教や身分を超えて、個人と社会に平和と安全をもたらすメッセージを持っています。ヨガ実践者として、この古代の叡智を理解し、現代の実践に活かすことは、より深いヨガの理解と体験につながるでしょう。