
『アタルヴァ・ヴェーダ』は、4つあるヴェーダ本集のひとつで、主にバラモン教の呪術的な儀式典礼が記された聖典です。古い部分は紀元前1500年ころには成立し、時代とともに書き加えられていったと考えられています。
最大の特徴は、他の三ヴェーダとは性格が大きく異なることです。『リグ・ヴェーダ』『サーマ・ヴェーダ』『ヤジュル・ヴェーダ』が祭式に関わる内容であるのに対し、『アタルヴァ・ヴェーダ』は主として呪術に用いられる呪句を集めたものです。
伝承では九つの派があったとされますが、現存しているのはシャウナカ派とパイッパラーダ派の二派のみです。通常アタルヴァ・ヴェーダといえば前者のシャウナカ派を示し、全20巻731賛歌から構成されています。
📚 構成と内容の特色
アタルヴァ・ヴェーダの内容は、無病息災、長寿、病気治癒、商売繁盛、豊作といったものから、戦勝祈願のような共同体サイズの願いまで、現代人の願いとほぼオーヴァーラップする俗世の内容が含まれています。
呪術的な側面が強調されているため、密教の源流となった文献ともみなされています。初期仏教の経典には「わが信徒は、『アタルヴァ・ヴェーダ』の呪法と夢占いと相の占いと星占いとを行ってはならない」と記されており、当時から特別な位置づけがなされていたことがわかります。
興味深いのは、この呪術的要素が現代のヨガ実践にも影響を与えていることです。マントラの詠唱や瞑想による意識変容の技法は、アタルヴァ・ヴェーダの呪術的実践に起源を持つと考えられています。
🔮 呪術的要素の具体例
アタルヴァ・ヴェーダは医学に関する記述が多く、古代インドの医学書であるだけでなく、現存する世界最古の医学書と目されています。古代ギリシアや古代中国の医学にも影響を与えていると考えられており、その医学的価値は計り知れません。
ヴェーダが軸となった時代は、病気は悪霊の仕業と考えられ、悪霊を退治するための呪術と医学は区別されていませんでした。この統合的な医学観は、現代のホリスティック医学やヨガセラピーの理念と通じるものがあります。
今日では、医学健康に関する部分は『アーユル・ヴェーダ』として抜き出し用いられ、『アタルヴァ・ヴェーダ』よりも著名となっています。しかし、その原点となったアタルヴァ・ヴェーダの医学的知識は、心身の不調を総合的に捉える視点として現代でも重要です。
💊 医学的内容の特徴
アタルヴァ・ヴェーダの哲学賛歌と呼ばれるものは、第8巻から第12巻にほぼ含まれ、リグ・ヴェーダ末期の哲学賛歌とウパニシャッドをつなぐ重要な部分に相当します。
特に注目すべきは、宇宙の根源原理であるブラフマンや個人の本質であるアートマンに関する思想が発展していることです。これらの概念は後にウパニシャッドで詳しく展開され、ヨガ哲学の根幹を成すことになります。
アタルヴァ・ヴェーダには「九門(人体の孔穴)を有せる蓮華(心臓)は、三性(guna)に蔽われたり。その中にある神的顕現(yaksma アートマン)は、ブラフマンを知る者ぞ知れ」という記述があり、後のヨガ思想における微細身やチャクラの概念の原型を見ることができます。
🕉️ 哲学的要素の発展
アタルヴァ・ヴェーダには、宇宙の創造と維持に関する独特な思想が含まれています。特に「スカンバ」と呼ばれる宇宙の支柱に関する概念は、他のヴェーダにはない独自の宇宙観を示しています。
「スカンバに支持せられて、この天地両界は安立す。この一切の生命あるもの、呼吸し、瞬きするものは、スカンバの中に(存在す)」という記述は、宇宙全体を統一する原理としてのスカンバの役割を示しています。これは後のヨガ哲学における「宇宙意識」や「普遍的自己」の概念に影響を与えたと考えられます。
また、「この美しくして不老・不死なる(神格)(個人の本体アートマン)は、人間の家(肉体)に住む」という表現は、肉体を魂の住まいと捉える思想を表しており、これは現代のヨガにおける身体観の基礎となっています。
現代の研究では、ヴェーダの詠唱自体にストレス軽減効果があることが科学的に証明されており、その音の振動が心身に与える影響についても注目が集まっています。これは3500年前の古代の智慧が現代科学によって裏付けられた興味深い例といえるでしょう。
🌌 独自の宇宙観の特徴