
ナーダ音とは、深い瞑想状態のときに身体の内部から自然に発生する音のことです。サンスクリット語で「ナーダ」は「音」や「振動」を意味し、ヨガ実践者はその音に意識を集中させて、瞑想をさらに深めていきます。
ヨガの古典である『ハタヨガ・プラディーピカ』によると、プラーナヤーマ(呼吸法)の練習でナディ(プラーナの通る気道)が清浄されると、ナーダ音が現れるとされています。これは単なる幻聴ではなく、身体の内側にあるエネルギーセンターであるチャクラが活性化することで生まれる、神聖な音の体験です。
全ての宇宙とそこに在る人間を含む全てのものは、ナーダと呼ばれる音の振動から成り立つという概念があり、この音のエネルギーは物質や粒子よりも根源的な存在として重視されています。ナーダヨガは、音への崇敬と反応の方法でもあり、内外両宇宙との深い統合の潜在的媒体として機能します。
ナーダ音を聞くためには、ヨガの実践で自分自身の不浄さを取り除く必要があります。『ハタヨガ・プラディーピカ』では、「気道の不浄さが取り除かれると好きなだけ気を保持することができるようになり、消化力が高まり、ナーダ音が聞こえ、身体は健康になる」と記されています。
このプロセスでは、特にアヌローマ・ヴィローマ(片鼻呼吸)などの呼吸法を通じて、体内のエネルギーであるプラーナが活性化し始めます。身体が軽やかになり、内側に静けさが生まれていく段階で、最初のナーダ音が現れるのです。
現代の科学研究でも、ナーダヨガ瞑想がわずか45分という比較的短時間の実践で測定可能な変化をもたらすことが実証されており、特にムーラーダーラ・チャクラの活性化による精神的安定性の強化や、アナーハタ・チャクラの活性化による自律神経系の安定化が確認されています。
ナーダヨガには4つの段階があり、各段階で聞こえる音がそれぞれ異なります。これらの段階は瞑想の深化とともに順次体験されていきます:
アーランバ段階:装飾具の触れ合うような音や、潮騒、雷、シンバルのような音がアナーハタ・チャクラ(ハートチャクラ)から聞こえます。この段階では心臓の辺りにプラーナが集まり、身体が神々しく輝き、良い香りを放ち、病から解放されます。
ガタ段階:太鼓(ダマル)やドラムのような音が喉のチャクラから聞こえます。内なる振動がさらに上昇していく段階で、心が深い集中状態へと入り、雑念に振り回されることが減っていきます。この段階では神に等しい知恵を得るとされています。
パリチャヤ段階:マルダラ(両面太鼓)のような音が眉間から聞こえるようになります。この段階ではアートマンの喜びを得て、肉体的な苦痛から解放されます。
ニシバティ段階:最終段階では、フルートやヴィーナのような美しい音が聞こえるようになります。プラーナがシヴァ神に到達し、ラージャヨガ(サマディ)への道が開かれます。
ナーダヨガは心を集中させることに大きな効果があります。『ハタヨガ・プラディーピカ』では、「花の蜜を吸っている蜂が花の香りに気をとめないように、ナーダ音に結びついた心は他のことを求めなくなる」と表現されています。
さらに、「ナーダ音という縄に縛られた心は全ての働きを放棄する。翼を失った鳥のように」とも記されており、音に集中することによって心が外部の事柄への興味を失い、全ての働きを制止させる効果があることが示されています。
この心の統一状態は、現代のストレス社会において特に価値があります。複合神経中枢の振動の乱れが潜在的な病気を引き起こす可能性があり、ナーダ(音)によってのみその調整が可能とされています。病気に対しての抵抗力や自己回復力が高まり、直観力も冴え、想像力が溢れるようになってくると報告されています。
本来は深い瞑想状態の中でしか体験できないナーダヨガですが、音がもたらす心への働きかけを理解することで、日常的に取り入れることができます。適切な音楽をBGMに取り入れることで集中力を高めることができ、音楽のみに集中する時間を設けることで心身を整える音楽療法としての効果も期待できます。
理想的なのは、ニシバティ段階で聞こえる音に近いものです。インドのヴィーナやフルートは、とても深くて安定した音色を奏でます。これらの楽器は神様の楽器としても知られており、フルートは愛の神様クリシュナの楽器、ヴィーナは学問と芸術を司る女神サラスヴァティの楽器です。
音楽を選ぶ際のポイント。
さらに重要なのは、無音の時間を設けることです。音には「始まり」「中間」「終わり」「空虚」の4つの段階があり、音は聞こえている領域以上に、その背後に広がる無音の状態が大切なのです。
現代においてナーダヨガを実践する際は、まず呼吸に意識を向けることから始めることが重要です。息を吸って、細く長く息を吐き、その吐く息に音を乗せます。音はできるだけ細くて長いものが理想的です。
実践の手順。
初期段階では、大海や雷、太鼓などが入り乱れたような乱雑な音が聞こえることがあります。これは正常な現象であり、実践を続けることで徐々により美しい音へと変化していきます。
ナーダヨガでは先に呼吸に意識を向け、音はその次の段階として捉えることが大切です。焦らず、継続的に実践することで、内なる音との結びつきが深まっていきます。
日常生活においても、自分の耳に入ってくる音の質に意識を向けることから始められます。また、自分が発する話し声や雑音が人の心にどのような影響を与えているのかを意識することで、音に対する理解が深まります。音に対する意識を広げていくと、人生の深みが増すとされています。